清明漫談
「清明」には二つの意味がある。一つは節気を指し、一つは祭日を指す。地球が太陽のまわりを公転する円周は三百六十度で、十五度回転するたびに一つの節気を定めたので、一年間に二十四の節気があることになる。一つひとつの節気は、それぞれ地球が太陽のまわりを運行する具体的な位置をあらわしている。節気としての清明は、ちょうど十五度から三十度に至る区間で、西暦によれば四月五日(或いは四日)から二十日(或いは十九日)のあいだになる。ひとつの節気の始まる位置を「交節気」と称し、清明の交節気の日は四月五日(或いは四日)で、すなわち人々が歓迎する伝統的な祭日の一つ――清明節がこれである。二十四の節気のうち、祭日となったのはこの清明節だけである。

清明節の由来は古い。戦国時代の墓葬の出土品『周書』―「時訓」の中に、清明節にかんする記事があり、これから見ると、戦国時代から二千四百年あまりのあいだに、民間で次第に独特な風習の清明節が形成されたことがわかる。

毎年清明の頃になると、気候は暖かく花は開き、楊柳は芽をふき、万物は生長し、いたる所に生気はつらつとした景象が出現する。このような美しい山河を目のあたりにして、心を野外に馳せない者があるだろうか。昔から清明は人々が郊外に「踏青」に赴く恰好の季節と目され、ふだんは容易に外出しない女性たちも、みな連れだって野遊びに行く。『武林旧事』によると、「清明節前後十日間には、城中の士女は濃装し、金翆の宝石、におい袋を身につけ、肩を並べきびすを接して、翩々として遊賞し、画舫の蕭鼓の音は終日絶えることなし」とある。

民間では、清明に柳枝を挿す風習がある。『風土記』には、清明を「柳節」と呼ぶと書かれてある。踏青から戻ってきた人々は柳の枝を折って、それを輪にあんで頭上にのせる。特に女性は柳の枝で精巧な輪を造り、頭に飾って永遠に青春であることを示す。「清明に柳を挿さなければ、紅顔が白髪になる」という諺が民間に伝わっているほどである。また次の詩は、この点をさらにこまかく描写している。

清明一霎又今朝  清明はひと雨にしてまた今朝

聴得沿街売柳条  聴く街まちに柳条を売る声を

相約毗隣諸姉妹  毗隣の諸姉妹と相約し

一株斜挿緑雲翹  一株を斜めに挿して緑の雲翹とす

(大意――ひと雨降ったらまた清明になった。町々に柳枝を売る声が聞こえる。近所の婦人たちと語りあって、柳枝を一本頭に挿して、頭のかざりとした)

 
 

 

 

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